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芸人の人生 海を渡ったサーカス芸人

さきほどテレ東「世界を変える100人の日本人!」でサーカス芸人・沢田豊氏が取り上げられてました。
この人について知ったのは7年ほど前、偶然行き当たったHPでした。

デラシネ通信
海を渡ったサーカス芸人

日本で最初にパスポートをもらったのは、サーカス芸人だった

 慶応二年(一八六六)四月、徳川幕府は留学生や商人らの海外渡航を認める「海外渡航差許布告」を発令した。これにより奉行所に申請をし、いまのパスポートにあたる「海外行御印章」を受け取れば、海外に行くことができるようになった。外務省外交史料館には慶応二年と三年に旅券を発給を受けた人名リスト「海外行人名表」が保管されている。それを見ると記念すべきパスポート発給第一号が、隅田川浪五郎と名乗る三七歳の芸人であったことがわかる。
 隅田川浪五郎は、アメリカ人興行師リズリーがひきいる「帝国日本芸人一座」のメンバーであった。この一座は隅田川一家五名、足芸の浜碇一家七名、コマ回しの松井菊治郎一家五名からなっていた。一座は、アメリカ、欧州を巡業し、各地で一大センセーションを巻き起こし、アメリカでは時の大統領アンドリュー・ジョンソンと謁見もしている。なおこの一座の後見をつとめていた高野広八が書いた旅日記がいまでも彼の故郷福島県飯野町に残されており、作家安岡章太郎氏は、これをもとに傑作小説『大世紀末サーカス』を書いている。
(以上引用)



そんな話全然知らなかった。
このサイトでは千人を超えるという海を越えた芸人たちの中で、ロシア皇帝の前で御前演技をし、国際芸人協会理事にまでなったという沢田豊氏について、詳しく紹介されています。

沢田豊-日本人の足跡

このサイトに出会ったのは、ちょうどイチローのメジャーでの活躍に沸き立っていた頃で、自分の技を頼りに国境を越えて活躍する姿に、何となくイチローを重ねながら読んでました。
本も読めたらと思ってた。久しぶりにサイトを開いてみたら、読んでない記事も一杯あるみたい。

なんか素敵だなあと思うのです。誇らしくも思います。

NHK大河ドラマにどうかなあ。川上貞奴もあったことだし。
戦争に翻弄された数奇な運命、ドレスデンのサラザニ・パレス(一万人収容のサーカス常設劇場。沢田氏も活躍したそうな)も再建されたそうだし(と確かどっかで見た)、ここんところベルリンの壁も頻繁にテレビで取り上げられてるし。
こう、激動の人生を通して開国?ベルリンの壁ができるまでを俯瞰する感じで。
エピローグに壁崩壊とサラザニ・パレス再建でしめる感じで。
面白いと思うけどなあ。

ブログに全然関係ない話ですが、ほんとにこのサイト、面白くてかなり興奮しつつ読みふけったのが懐かしかったので。

海を渡ったサーカス芸人―コスモポリタン沢田豊の生涯海を渡ったサーカス芸人―コスモポリタン沢田豊の生涯
(1993/08)
大島 幹雄

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